昨日3.11のFb投稿ですが、こちらにも。

  • 2015.03.12 Thursday
  • 15:06

2011.3.11、この日は
たまたま下北半島沿岸での撮影中にグラッときたので、
毎年、何か書かずにいられないという気持ちになります。

しかし、、今回はえらい長い文章になってもーた。。(^◇^;
 

一私人の三陸レポートですが、ご興味持たれましたら、
ぜひ現地を訪れていただければ幸いです。
 

岩手県へは花巻に仲良くしていただいてる人たちがいることもあって、
プライベートでもよく行ってるのですが、
三鉄沿線へは昨秋2年ぶりに訪れました。
三鉄の始発駅、久慈のホームからは
「あまちゃん」ロケで能年ちゃんやキョンキョンが
泊まってたというホテルが見えます。駅を出発してからは、
車内ではしゃぐ福岡からの観光客らとしゃべりながら、
北リアス線を南下し「普代駅」で途中下車。
この駅のピーターズカフェでのランチがお目当てです。
ここは2年前の三鉄ロケのとき、たまたま立ち寄り撮影させてもらった店。
当時はまだカフェメニューは開発中でパンとグッズだけでしたが、
今はピッツァはじめ多彩なメニューが。
障がい者支援団体「ハックの家」が運営し、
障がいを持つ人たちがサポートの人たちとともに働いています。
●ハックの家
http://hakkunoie.com/

皆さんとの再開を喜び、ピーターズカフェで1時間半ほど過ごしてからは再び車中。
今度は終点の宮古までです。



宮古駅から最終目的地の釜石まではJRが不通なので
バスに乗り換えねばなりません。バスで海沿いを走っていると、
車窓から復興工事のようすが見えます。
途中で一度乗り換えて約2時間で釜石着。
バスの本数は1日12本程度。利用客はわりと多かったです。
釜石に着いたらもう夕方。
腹ごしらえに寄った和食屋「誰そ彼(たそがれ)」の
ボリュームたっぷり釜石ご飯のことは
前にFdで現地からルポ(笑)反響、すごかった!

翌日は朝が早いから、この日はさっさと寝ます。
●誰そ彼
http://tabelog.com/iwate/A0304/A030402/3006097/

さて、まだ暗い朝6時。
4年前にボランティアでお会いしたS先生が車で迎えにきてくださいました。
最初、被災地を歩いて回るつもりで「ご都合よろしければ伺います」
とお知らせしたら、来てくださることに。
ただし復興工事の影響で、通勤時間帯になると車が大渋滞するとのことで、
この時間なのです。歯科医院をされている先生。休日なのに明け方から・・・ほんまに感謝です!

釜石は2年前に比べてホテルや店が増えて賑わってるように見えました。
S先生に聞くと復興で人がたくさん来ているから、
ホテルや旅館は満室。まだまだ宿泊所が足りないとか。
建設会社はみんな社宅をつくっているらしい。
津波のとき集落の人々が登った高台、被害に遭った映画「釣りバカ日誌」ロケ地のホテル、
津波の高さを記録した碑、大規模な仮設住宅などを案内していただきながら、お話しを。
プライベートビーチでかつて美しかったという海岸には、
津波の高さを記憶した碑が建っています。
案内してもらって印象に残ったのは、
今まで低かった土地にトラックで土を運び積み上げている「かさ上げ」の工事現場。
トラックが玩具に見えるほど広い土地に平べったい大きな山が築かれていっています。


S先生>
この土、どう思います?
桑>
こんなに広い所に盛り土するなんて。
S先生>
ここらは住宅地だったんですよ。ですから、これでね。かさ上げしてまた街をつくるつもりなんですよ。
桑>
ここに、元々住んでた人たちは、帰ってきたいと思っているんですね?
S先生>
それが、みんな高齢者だから・・・。
桑>
あ、そうか。まだ完成するまで何年もかかるのなら、
できる頃には亡くなってしまってるかもしれない。
S先生>
そう。戻ってきたい人はいるけれど、それは若い人たちじゃないんですよ。
今、日本全体で人口が毎年30万人くらい減少していってるじゃないですか。
釜石は3万〜5万人くらいの街。それが毎年、10ほど無くなっていってるようなもんです。
そんなときに、何年か経った後でこんなところにまだ住む人がいますか?
桑>
こうやって街を造るんだったら、官庁関係を持ってくるとか、
なにかの工夫が必要でしょうね。いつも思うんですよね。東京一極集中だから・・・。
S先生>
ほんと、そのとおりですよ。街が存続する理由がないのに工事をやってる。
土はトラック一杯30000円はするんです。盛り土だけで何億もの予算がかかるんです。
10兆円以上の復興予算、これからもう少ししたら国民全員で払うわけです。
こんなのを誰が払うのか。みんなで払わされるんですよ。トラック業者はいいかもしれないけど。
桑>
工事だって、今は工事やってるから宿泊の需要があって人もたくさん来てるけど、
今だけの話ですもんね。
S先生>
ほんとに覚悟を持って、ハッキリ言える人がいてほしい。
「ならぬ物はならぬ」と言って、みんなを幸せにしようとするリーダーはいないね。
こういう小さな街では、それなりの人がそれなりのポジションで覚悟を持たないと
明るい豊かな街にはならないと思う。
 

ところで、以前 NHKの特集番組でもやってたけれど、釜石は、
津波の時の子どもたちの避難が迅速で、子どもは1〜2人しか亡くなっていないとか。
それについては?
 

S先生>
「津波は必ず来るから」ということで、当時の教育長が、
最初は親に教育していたんだけれど、うまくいかなかったんですよ。
そこで小学校でそれをやろうとしたんです。ただ授業のカリキュラムではそれは組めない。
で、何をしたかというと、国語の時間に「海」という言葉が出れば「海イコール津波、
津波の時にはどうしようか?」という話に常に持っていったんです。
社会とか国語とかの授業で、
とにかく震災の話をやっていくということを学校の先生とともに取り組んだんです。
「逃げる!とにかく高い所に登れ!」ということをアタマに刷り込んでいった。
大船渡なんかでも小さい集落の人たちは、やはり津波の時には逃げるクセが付いているし、
小学校の時からそういう訓練をしてますね。
 

そろそろ道路が混む時間が近づいてきました。
太陽が高く上がって空気は冷たいけれど日差しは気持いい。
海の横を通ったら、牡蠣だろうか?筏が見える。
海にはなにが?と聞くと「行ってみますか?」と漁港へ連れて行ってくださった。

魚市場は活気がある。ヒラメが揚がっていた。
前の晩の刺身やイクラといい、海の幸の豊富なところ。
「オレはこの季節のイクラしか食べないよ」と先生はおっしゃったけれど、
それはここではそう贅沢なことでもないのだろう。
所々に被災したまま残る小さなビルや住宅。
「まだ残ってるんですね。持ち主が行方不明なんですか?」と聞くと
「この店の持ち主は高齢だから、あと10年もしたら商売をやめてしまう。
だから、自分で手直しして住んでるんですよ」と。
新聞やTVの報道でもやってるけれど、
現地で目にすると、様々な問題の深刻さが実感できるのでした。
 

ところで、録音を聞き直してると、
私、話し方がまどろっこしいな・・・と気づきました。
仕事やったら、ある程度、事前にまとめてから話すんですけど
プライベートだとノープラン^_^; 油断しますねー(苦笑)
すみませんでした!

コメント
コメントする








    
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< July 2018 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM