「山本作兵衛・ヤマの記憶」みずたまや絶対!オススメ本。

  • 2015.05.16 Saturday
  • 18:31


今年1月に前々から興味のあった
福岡の飯塚(筑豊)を訪れました。
そのとき、旧伊藤伝右衛門邸で展示していたのが
山本作兵衛の炭鉱絵。
ひと目見て「なんや!これは!」
すごい衝撃を受け、
帰ったらすぐ本を買おうと決めたのでした。


「ヤマとは炭鉱のことです。
私が炭鉱の絵を描きはじめたのは昭和33年の5月頃から、
長尾鉱業本社事務所の夜警宿直員をしてやっと糊口をしのいでいました。」
という一文から始まる「山本作兵衛・ヤマの記憶」。



そう、作兵衛さんは元鉱夫。
戦後の朝鮮事変のあと炭鉱はとんでもない不景気に見舞われて、
作兵衛さんは高齢ゆえ、いの一番にクビになり、
それからは夜警の仕事をしていたのでした。

「次々に消えていくヤマの姿を見ていると寂しくて、
せめて自分の孫たちのためにその姿を記録しておきたい」と、
16時間勤務だった仕事の合間に西洋紙にメモをとり始めたそうです。
ただ、学問のない者が文章にしてみても、
くずかごに捨てられればおしまい。絵なら見てくれるかもしれない。
子供の頃から好きだった絵を描いて残そう、と心に決め
明治45年以来、手にしていなかった絵筆をとり描きはじめたのでした。
 

明治25年生まれの作兵衛さんは、
お父さんも鉱夫をしていたことから、
14歳頃から兄とともに炭鉱に入って働いていました。
いえ、それより前にも、その時代のことですから
小さいうちから親の手伝いは当たり前。
持病があった父を助けて
12歳でツルハシ鍛冶屋の年季奉公に入ったこともありました。

そんな作兵衛さんが描いた、
幼い頃の筑豊の様子や子供たちの遊び、
働き始めてからの炭鉱でのできごと・・・
ページを繰るごとに現れる絵も言葉も、
なんとたくましい。
厳しい。
暴力も当たり前の時代。
生きていくための、その日その日の生業は
女も子供も地下で命がけの石炭堀り。
そして地上に上がって日差しを浴びたときの喜び。








 

巻末に付いていた
「出炭量最盛時の炭鉱分布図」を見ると、
赤丸で表示された炭鉱は、北は北九州市から
南は飯塚市嘉穂町あたりまでのほとんどを埋め尽くしています。
この赤丸のひとつ一つに、
作兵衛さんが見てきたのと同じような人々の生きざまが、
それぞれの人生があったのだと思うと…
つきなみな言葉やけど、感動をおぼえます。



九州弁で書かれた作兵衛さんのやわらかな言葉に、
力強い絵に、ぜひ触れていただきたいです。

1階・書籍コーナーに置いてます。



 

みずたまや本棚(2階のカフェより)

  • 2012.01.22 Sunday
  • 10:22
今日は、2階のカフェスペースの
本棚をご紹介。

2階には、海外(洋書と翻訳本)国内の絵本たち40冊超と
アート関連の図録や作品集、これは50冊超くらい。
そして一階のカフェにも置いていますが、
さまざまなジャンルの写真集。
加えて料理、フラワーデザインなどのハードカバー写真集。
などなど。

インテリアデザインや、
立体、ペーパークラフトなども。

写真のにゃんこは、パリロケの時に
モンパルナスの本屋のワゴンセールで買ったもの。
てな、レアなんも置いてます。

これから
少しずつ、ご紹介していきたいと思っています。

どうぞ、湧き水珈琲飲みながら、
ゆっくり見てくださいね。



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